eSOM (イゾーム)
Dへの道、あるいはシン高と幸和の物語
2025.06.09
eSOM: Dへの道(30)オードリー・タンの『Good Enough Ancestor』を観ながらシン高を構築する(Part 9)
1.
『eSOM』(25)から始まったeSOM(イゾームと読む、「向こう側」と「こちら側」の境界、「向こう側」への入口)の旅もようやく一段落し、旅の出発点であった『Good Enough Ancestor』に舞い戻ってきました。
eSOM(山)での座禅を通して、間/余白/crackに没入し、その中で「向こう側(宇宙)」からやって来た「光」としてのplirality/non-binary/parallaxという「(霊的な)力」を受け取ったタンさんは、次のように考えました:
「Around turn of the century, in Taiwan, internet and democracy are not two things. Instead of some people practicing tech and some people practicing politics, it’s the same generation of people. (世紀の変わり目頃の台湾では、インターネットと民主主義は別々のものじゃなかったんです。一部の人がテクノロジーを追求し、一部の人が政治に取り組む、というのではなく、同じ世代の人間が、両方に関わっていたんですよ。)」(『Good Enough Ancester』より)
これぞまさに、間/余白で向こう側からやって来る概念/観念/力/光としてのplurality/non-binary/parallaxと考えてよいでしょう。
インタネットと民主主義という二項それぞれをまず抽象化したうえで分解し、分解されたそれぞれの項から予め設定された目標(D=DD)の達成に役立つものを抽出し、最も効率的に目標が達成されるよう抽出物を配列する。
こうしたコンピュテーショナル・シンキングに基づくコラージュ(リミックス、正義の脱構築)が、plurality/non-binary/parallaxという概念/観念/力/光によるD=DDの構築ということになるでしょう。
『eSOM』(29)で論じた「ベネッセアートサイト直島」(現代アートと風土のミックス)についても同じことが言えるはずです。
2.
eSOMから「こちら側」の世界に戻ったタンさんは、早速、eSOMで「向こう側」からやって来たアイデアに従って行動し始めます:
「My friend CL Kao and I started organizing weekly gatherings. With CL Kao, with Freddy Lim, with many civic hackers of the world, we’re envisioning a society that is more transparent, more inclusive, more fair. The initial project was GovZero (g0v).(友人のCL Kaoと私は、週に一度の集まりを組織し始めました。CL Kao、フレディ・リム、そして世界中の多くのシビックハッカーと共に、私たちはより透明で、包摂的で、公正な社会を構想しています。私たちの最初のプロジェクトはGovZero (g0v)でした。)」
g0v(gov-zero;ガブ・ゼロと読む)は、「オープン・ガバメントを追求し、政府に対して徹底した情報公開と透明化を求める台湾の民間団体」です。(『オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る』(以後、『オードリー・タン』)、108頁)
ここでタンさんの言う、「より透明で、包摂的で、公正な社会」が、D=DDであることは言うまでもないでしょう。
そして、そうしたD=DDを構築するために「政府に対して徹底した情報公開と透明化を求める」ことが、「Dへの道」であることをタンさんは教えてくれます。
と同時に、自らの探求学習を通して、disinformation(偽情報)を退け、D=DDの構築・持続可能化に必要な情報を得ることも「Dへの道」の重要な一部となるでしょう。
D=DDの構築・持続可能化を究極目標とするシン高としては、こうした、情報にかかわる「Dへの道」を学習内容の最優先事項の一つにしていかなければなりません。
3.
G0vとして、2014年3月の「ひまわり学生運動」に参加したことが、タンさんが政治と直接的に関わる最初のきっかけとなりました:
「 …私h学生たちが立てこもる立法院内の様子をg0vのメンバーとともにネットでライブ配信して、学生たちの運動を支援しました。私たちはライブカメラで立法院の中と外をつないで、二十の民間団体が人権・労務・環境問題などを話し合えるようにしました。そして、三週間で四つの要求をまとめて立法院の議長に提案しました。すると、当時の議長はその四つの要求が合理的なものであると認め、すべての要求に応えてくれたのです。
このときの経験により、台湾の人々は「デモとは、圧力や破壊行為ではなく、たくさんの人に様々な意見がることを示す行為である」というに気づき、それをきっかけに、官民の間で対話の機会が増えました。「政治は国民が参加するからこそ前に進めるものなのだ」と皆が実感するようになったのです。
私自身は、どれか一つの主張を選択するのではなく、それぞれの主張の隔たりを明確にして議論を活性化し、そこから共通の価値を見つけることを促すようにしました。これは現在、私が政治に関わるスタンスそのものであると言っていいでしょう。」(『オードリー・タン』、108~9頁)
まさに「ひまわり学生運動」というデモへの参加が、plurality/non-binary/parallaxを基にするDDが、つまりはDが産声をあげた瞬間と言ってよいでしょう。
それと同時に、台湾民主化が、一夜のうちに、ミサイル数発で失われる可能性と紙一重であることを実感した機会でもあったようです:
「 今振り返ると、ひまわり学生運動で立法院を占拠したことは、歴史的な「選択」だったのではないかと思います。当時の通信環境はまだ4Gでしたが、中国製のチップを台湾のメインコンピューターに入れるかどうかが問題になりました。あるいは、もっと大きなくくりで言うと、台湾のサービス貿易を全面的に中国に開放するかどうかということも含めて問題になっていました。その審議が不十分なまま議事が進められていることが、政府への不信感につながっていたのです。
もし、あのとき立法府占拠が行われず、サービス貿易協定が結ばれていたとすれば、台湾のネット環境は、中国の協力によって構築されることになっていたでしょう。そうなっていたら、アメリカは現在のように台湾に対する態度を変化させることはなかったと思います。アメリカからすれば、台湾は大中華圏の一部に過ぎないからです。あのとき、人々が立法院を占拠したからこそ、「台湾のインフラに中国を入れさせない」という明確な意思表示ができたのです。それを政治的基礎として、台湾とアメリカの対話が始まったのだと思います。
その意味で、2014年の台湾人の決断は、非常に大きな転換点となるものでした。その年の末に行われた地方選挙では、非民主主義的な発言をした候補者、国民と議論しない候補者、民主主義を標榜しない候補者は、軒並み落選しました。その後の選挙でも、あらゆる候補者は、民主主義を標榜しないと当選できないようになっています。
そうした風潮が生まれたということも含め、ひまわり学生運動は、台湾に民主主義を根付かせるきっかけとなりました。」(『オードリー・タン』、109~10頁)
4.
こうして進化する台湾民主化の波の中、2016年1月16日の総選挙で民主進歩党(民進党)の蔡英文(ツァイ・インウェン)が圧倒的勝利を収め、初の女性総統になります。
そして蔡さんがタンさんをデジタル担当大臣((当時の職名は「行政院政務委員」で、無任所大臣として行政のデジタル化を推進))に抜擢します。
映画『Good Enough Ancestor』のこのくだりで入るナレーションが、シン高/幸和にとって非常に重要です:
「The Ministry of Digital Affairs, helmed by Audrey Tang, has been focused on fighting cyber warfare, and this year, Taiwan is at a record low of election polarization. (デジタル担当大臣オードリー・タンが率いるデジタル発展部(Ministry of Digital Affairs)は、これまでサイバー戦争との戦いに注力してきました。そして今年、台湾では選挙の二極化が過去最低の水準にまで抑えられています。)」
まず、このナレーションは、DDを台湾に根付かせ、進化させる責務を負ったデジタル担当大臣としてのタンさんがやるべき最優先事項が、サイバー空間を通した中国による選挙介入というサイバー攻撃から、台湾の民主主義を守ることであることを物語っています。
そう理解すれば、一般に好ましくないこととは言い切れない選挙の二極化が過去最低水準に抑えられたことが、デジタル担当大臣としてのタンさんの功績としてまず挙げられていることが理解出来ます。
このことから、polarization(二極化)の対極にある概念であるplurality(多極化=non-binary=parallax)が、サイバー戦争としてすでに始まって久しい戦争から、D=DDの萌芽である台湾の民主主義を死守するという差し迫った使命を担っていることが理解出来ます。
そしてplurality/non-binary/parallaxを基にしたD=DDを世界に広めようと急ぐタンさんは、選挙介入(サイバー攻撃)が世界を覆うという形ですでに世界は世界大戦に突入しており、世界的なpolarizationはその現れと考えていらっしゃるようです。
このことは映画の冒頭シーンのナレーションにおいて顕著です:
「In 2024, nearly half the world’s population, around 4 billion people across more than 50 countries, participated in national elections. Polarization and cyber interference disrupted many of these elections, testing the resilience of democracies worldwide.This is the story of Taiwan’s democratic transformation as seen through Audrey Tang’s eyes, amid a global crisis for democracy.(2024年、世界の人口のほぼ半分にあたるおよそ40億人が、50を超える国々で国政選挙に参加しました。しかし、多くの選挙が二極化とサイバー干渉によって混乱に陥り、世界中の民主主義の強靭さが試されることとなりました。
これは、民主主義が世界的な危機に瀕する中、オードリー・タンの目を通して見た、台湾の民主的な変革の物語です。)」
5.
この冒頭のナレーションと対をなす以下のようなナレーションとともに、『eSOM』(22)で見た台湾の民主主義の危うさに関するタンさんの、お父様による反復と合わせて、映画は幕を閉じていきます:
(お父様)「It is possible that we wake up tomorrow and our freedom is taken away from us. We must realize how fragile our democracy is. (明日、目覚めたら私たちの自由が奪われている、ということもあり得る。私たちは、自分たちの民主主義がいかに脆いものであるか、肝に銘じなければなりません。)」
(ナレーション)「The stakes for 2024 democratic contests wll be enourmous. Not just for the countries going to the polls, but for the world as a whole. Around half the world’s population, four billion people are holding elections this year. These polls will decide who governs over 70 countries. How is the 2024 democracy test going? The short answer: not particularly well.Bangladesh’s democracy is at a perilous moment. Senegal President Macky Sall abruptly canceled the national election vote, alleging corruption. The elections in Russia took place without a single influential competitor to Putin. Almost everyone agrees that democracy is declining in the 11 countries of Southeast Asia. There are over 161 million people registered to vote in the United States. Americans will go to the polls on November 5th, 2024. (2024年、民主主義の舞台で繰り広げられる選挙の行方は、計り知れないほど重大な意味を持つでしょう。それは、投票が行われる各国にとってだけではありません。世界全体にとって、その重みは計り知れないのです。今年、世界の人口のおよそ半分、40億人が選挙に臨みます。これらの投票によって、70カ国以上を誰が統治するのかが決まります。では、2024年の「民主主義の試練」は、一体どうなっているのでしょうか?簡潔に言えば、芳しくありません。バングラデシュの民主主義は、危機的な状況にあります。セネガルでは、マッキー・サル大統領が汚職を理由に突然、国民投票を中止しました。ロシアの選挙は、プーチン大統領に対する有力な競争相手が一人もいないまま行われました。東南アジアの11カ国では、ほぼ全員が民主主義が衰退していると認識しています。そして、1億6100万人を超える有権者が登録されているアメリカ。アメリカ国民は、2024年11月5日、投票所に足を運びます。)」
そして映画のラストシーンを飾るのが、例の山小屋での座禅の映像と音です。
それに以下のタンさんの言葉が重なります。
「If I do not practice this calmness, then maybe I’ll die. This coexistence of a strong and resilient body, and a mind that is acutely aware of the extinction risk reminds me of Taiwanese democracy. We can lose our democracy. But we have the ability to be resilient. Every time the sun sets, I feel this urgency that I may just disappear in the night, into the night. There is a coin flip in me somewhere that you must publish before you go to sleep. I insist on relinquishing copyright because to me, if I disappear tomorrow, the future generations can make use of the materials that I have. I want to be a good enough ancestor for future generations. (この落ち着きを実践しなければ、私はおそらく死んでしまうでしょう。この、強くしなやかな身体と、消滅のリスクを痛感している心の共存は、私に台湾の民主主義を思い起こさせます。私たちは民主主義を失うかもしれない。しかし、私たちには立ち直る力がある。太陽が沈むたびに、私は夜、闇の中に消えてしまうかもしれないというこの切迫感を感じます。私の中には、あなたが眠りにつく前に出版しなければならないというコインフリップのようなものがあります。私は著作権を放棄することにこだわります。なぜなら、もし私が明日消えてしまっても、未来の世代が私の資料を活用できるようにするためです。私は未来の世代にとって、十分良い先祖でありたいのです。)」
この言葉そのものが、タンさんがeSOM(台湾の山小屋)で座禅中に、「向こう側(宇宙)」からやって来た、D=DDの構築を可能にする「声=霊的な力」です。
タンさんと同じく我々もこの「声=霊的な力」に従い、D=DDを構築してゆきます。
この「声=霊的な力」で最も重要なのは、「私は未来の世代にとって、十分良い先祖でありたいのです」という部分です。
それは、タンさん同様、柄谷さんを敬愛するホセ・ムヒカ元ウルグアイ大統領の次の言葉と呼応しあいます:
「本当のリーダーとは、多くのことを成し遂げる者ではなく、自分を遥かに越えるような人材を育てる者」
(ムヒカさんと柄谷さんの関係については『eSOM』(19)参照)
シン高/幸和はタンさん&ムヒカさんのこの言葉を胸に、「自分らを遥かに越えるような人材」を通してD=DDを構築していく、「good enough ancestor」になろうとしていきます。
その上でまず、台湾を含むEMCSを、シン高/幸和メンバー一人ひとり身体の延長であることを自覚し、そうした前提のもと、保健体育と家庭科の授業を皮切りに、身体/EMCSのウェルビーイングのための学ぶを行っていきます。
そこで目玉となるのが、D=DDとしてのEMCSの構築にAIが欠かせないことから、脳≒リゾーム≒AI≒D≒DDという前提のもと(『eSOM』(11)参照)、アンデシュ・ハンセン著『運動脳』を起点として、教科横断型で強靭な脳、身体、AI、D=DDの構築のための探求学習となるでしょう。
より具体的には、「情報」の授業を中心に、学校をあげてサイバー戦争としての(第三次)世界大戦の実態究明を行い、それを止めるための行動を最優先します。
同時に、台湾有事を皮切りとして、サイバー戦争がリアル戦争に転化する可能性が最も高いと言われているEMCSの平和の維持にコンピュテーショナル・シンキングを基に努め、かつ、リアル戦争になった場合に一人でも多くの命を救うための体制を整えます。
そしてこれが最も大切なことですが、そうした行動を通じてD=DDを構築していきます。
『Good Enough Ancestor』でタンさんが教える最も大切なことは、「危機を自覚した時に人は本気でD=DDを構築し始める」ということであり、それはまたタンさんが敬愛する柄谷さんも常々おっしゃっていることです。
6.
映画が一旦幕を閉じたあと、声だけの質問者とタンさんの次のようなやり取りのシーンが挿入されています:
(質問者)「And what happens Audrey if you go to sleep tonight, you don’t wake up tomorrow morning?(それで、オードリー、もし今晩寝て、翌朝目を覚まさなかったらどうするの?)」
(タンさん)「Well then, I will be very satisfied if you can just upload all this to the could so that future creators can remix from this story as part of the materials and free the future together. (でしたら、このすべての内容をクラウドにアップロードして、未来のクリエイターたちがこの物語を素材の一部としてリミックスし、共に未来を解き放てるようにするだけで、私は非常に満足です。)」
(質問者)「And where will you be? You die. Where are you going?(それで、あなたはどこにいるの?どこに行くの?)」
(笑いながらタンさん)「Well, in the could. Right?You agreed to upload it to the could.(そうですね、クラウド。でしょ?クラウドにアップロードすることにしたんだから。)」
今後は、そこから「(霊的な)力」がやって来る「向こう側」を「クラウド」と呼ぶことにしたいと思います。
(続く)