シンギュラリティ高等学校 SHINGULARITY HIGH School

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Dへの道、あるいはシン高と幸和の物語

2025.05.08
(小説)「Xへの道」、あるいはシン高物語(9):「こどもの国」と広島の復興

(小説)「Xへの道」、あるいはシン高物語(9):「こどもの国」と広島の復興
14歳のあなた(私)へ
プロジェクトeSOMのヘッドクォーター兼シン高校校舎となる新ビルを設計してくださるのは、東京工業大学名誉教授および環境デザイン研究所(Environment Design Institute, EDI)会長でいらっしゃる仙田満先生です。
仙田先生は、広島東洋カープの新球場「マツダ・スタジアム」(2009年~)や広島のプロサッカーチームであるサンフレッチェ広島の新スタジアム「ピースウィング広島」(2024年~)の設計者である一方、シン高の姉妹園である4つの乳幼児教育施設(認定こども園、幼稚園)のうち3つを設計してくださっている、広島とも我々とも縁の深い建築家でいらっしゃいます。
そしてこの縁の深さは、今に始まったことではないのです。
仙田先生は「こども環境学会」の会長をされていたこともある、こども施設作りの世界的な第一人者です。
御本人曰く、1965年に横浜市と町田市に開園した児童福祉・情操教育施設「こどもの国」建設の一翼を担ったことが、こども施設作りの世界に足を踏み入れるきっかけとなったそうです。
そして東京オリンピックと並んで、戦後復興の象徴であるこの事業の総指揮あたったのが、都市計画家・建築家の浅田孝氏でした。
「こどもの国」や浅田氏のことに話しが及んだのは、仙田先生が設計してくださるシン高の校舎で、坂本さんと高谷さんの作品を常設展示することを先生にお伝えしたのがきっかけでした。
坂本さん、高谷さんと親交のある京都芸術大学教授・浅田彰さんが、浅田氏の甥にあたるからです。
ここからは彰さんを浅田さん、孝さんを「おじさん」と呼ぶことにします。
浅田さんは、eSOMが協働しようとしているICCの設立と発展に計り知れないほどの貢献をしてこられてた方です。
2023年12月16日、そのICCに、彼の親友である坂本さんの追悼トリビュート展を観に行ったのをきっかけとして、eSOMの具体的な教育目標が明確になります。
「浅田孝になること」
それを目指せる能力・資質を持つ人材を育てること。
それがeSOMとその高校部門であるシン高の具体的な教育目標です。
つまり、「おじさん」ぐらいのビジョンを持って、「まちづくり」が出来る人材を育てることが、現代版「こどもの国」であるeSOMが目指すところのものです。
そうした人材(浅田孝の後継者)を育成するためにも是非とも、仙田先生と協働する必要があります。
なにせ、「おじさん」が指揮する「こどもの国」構築から建築家としてのキャリアを本格的にスタートした仙田先生は、名実ともに「おじさん」の後継者第一号と言ってよい御仁ですから。
そもそも「環境デザイン研究所」という先生の事務所の名前も、「おじさん」の事務所である「環境開発センター」を継承する意図をもって命名なされたそうです。
こうして、「ぼくの一番大好きな先生」の一人である浅田さんに導かれるがままに作り始めたシン高は、浅田さんが作ったと言っても過言ではないICCに、浅田さんの親友である坂本さんのトリビュート展を観に行ったことをきっかけに、浅田さんのおじさんを「ぼくの好きな先生」に持つ仙田先生に協力してもらいながら、浅田さんのおじさんの後継者を育成することを教育目標にすることが決まりました。
単なる偶然とは考え難い。
しかも、浅田さんとの繋がりはこれだけではないのです。
いずれ詳しく話すが、広島への原爆投下を間近で経験した丹下氏と「おじさん」は、その後の広島を作ったと言っていいほど、広島の復興に尽力した建築家です。
現代の広島の象徴と言える「マツダ・スタジアム」と「ピースウィング広島」や、多くの広島のこども施設を手掛けてきた仙田先生は、広島復興の文脈でも、丹下健三氏と「おじさん」の後継者と言えるのではないでしょうか。
eSOMは、この三人の偉大な建築家が多大な貢献をしてきた広島、そして同じく核兵器による破壊を経験した長崎の復興努力の経験を活かし、世界中で「住み続けられるまちづくり」を指導出来る人材を育成していきます。
それが「おじさん」と同等のスケールのビジョンを持つ人材の育成の意味です。
実はこの、「広島と長崎の経験をもとにして住み続けられる世界を作る」という目標自体、1989年秋、ニューヨーク州の片田舎で、浅田さんの導きよって得たものです。
そのこともいずれ、じっくりお話しましょう。
いずれにせよ、それから35年たった今、浅田さんの作ったと言っても過言ではないICCがきっかけとなり、浅田さんのおじさんの後継者を育成することを通じてその目標を達成しようとしています。
本当に不思議です。
自然と頭の中でRCサクセションの「不思議」(1984年)が鳴ってしまうほど。
山下達郎の「サウンドストリート」で彼が、「この歌詞はキヨシローちゃんが天才であることの証明」と言った曲です:
(続く)
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